この日の演説・シュプレヒコール

「・・・国際会議場において、護憲主義者と言われる、今の現行の日本国憲法を一字一句変えたくない、平和憲法であると称して、憲法を守ろうとする、そういう人たちが護憲集会なる亡国集会を開催しているのであります。我々はかような反日、亡国集会に対して強く、強く、抗議の声を上げるとともに、このような反日集会を断固として粉砕すべく立ち上がっております、県下民族派有志によります街頭遊説隊でございます。現在の日本国は、・・・北は北方領土をロシアに、竹島においては韓国に、尖閣諸島は中国の手に落ちようとしている、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんをはじめとする多くの日本人が未だに帰ってきていない、占領憲法がある中で、この原因は何なのかということを考えたら、現行の日本国憲法であると、その原因の一つであると言わざるを得ない、・・・」

「・・・現行憲法とは、昭和2124日から212日までの9日間に、日本を占領していた、占領軍司令部GHQ民政局のチャールズ・ケーディス以下25名に制定されたものであります。その時のわが国の状況は、天皇および日本国政府・・・の権限は、連合国総司令官の制限下におかれ、・・・主権は剥奪されていたのです。このような過程で、制定されたものを日本国憲法と呼べるのでありましょうか。そもそも、憲法とは、国家の歴史と伝統と、慣例を学び、そこに描かれている国家の姿、根本規範即ち国体を認識することであります。その上で、いかに法的に表現するか、またその表現が適切であるかを判断することであります。具体的には、昭和2253日に施行された、憲法の姿、我が国の姿、根本規範、即ち国体に照らして、適切か否か、我が国の伝統、文化と関連させて、嘘を書いているのか真実を書いているのかを点検することであります。では、現行憲法の何が嘘であるのか。まず第一の嘘は、義務教育では、大日本帝国憲法を天皇が定めた、欽定憲法と定め、日本国憲法は、国民が定めた、・・・民定憲法と教えていますが、日本国憲法は、日本を占領統治していたアメリカが作ったものであります。そして、第二の嘘は、天皇の地位は、主権を存する国民の総意に基づくとありますが、天皇は、天照大神の天壌無窮の神勅によっての天皇なのであります。いつ、日本国民は、国民総意で天皇を選んだのでしょうか。このように、義務教育において、子供たちに嘘を教える国に未来はあるのでしょうか。・・・」

「占領憲法を破棄し、自主独立憲法を制定するぞーーー!!!(せーてーするぞーーー!!!)」

「祖国独立を阻む護憲主義者は、国賊だーーー!!!(こーくぞくだーーー!!!)」

「偽りの現憲法を後生大事にする護憲主義者は、日本から出ていけーーー!!!(でーてけーーー!!!)」

「憲法記念日!!!(ふーんさい!!!)」

いかがでしたか。そして、どう思いましたか。

国際会議場において、護憲主義者と言われる、今の現行の日本国憲法を一字一句変えたくない、平和憲法であると称して、憲法を守ろうとする、そういう人たちが護憲集会なる亡国集会を開催しているのであります。我々はかような反日、亡国集会に対して強く、強く、抗議の声を上げるとともに、このような反日集会を断固として粉砕すべく立ち上がっております、県下民族派有志によります街頭遊説隊でございます。」「祖国独立を阻む護憲主義者は、国賊だーーー!!!(こーくぞくだーーー!!!)」「偽りの現憲法を後生大事にする護憲主義者は、日本から出ていけーーー!!!(でーてけーーー!!!)」日本国憲法を守ることが「反日、亡国」なのでしょうか。なぜならここでの「反日、亡国」など右翼民族派の主観にすぎず、客観的な理由など存在しないからです。右翼民族派が護憲主義者を「反日、亡国」として排除するなら、同じ理屈で右翼民族派が「反日、亡国」として排除されかねません。それにしても、護憲集会を開催するのは良いのですが、愛知憲法会議も護憲集会から右翼民族派を締め出すのを止めて、右翼民族派との討論会をすればなお良いのではないでしょうか(同じことは改憲集会にも言えます)。いつまでも右翼民族派を締め出していては、愛知憲法会議の護憲論が右翼民族派の改憲論に劣るものとみられてしまいます。初めから相手にしていないでは済まされないのです。討論をすることで、護憲論にも改憲論にも厚みが出ます。無論、お互いに議論ができるだけの冷静さが求められます。

現在の日本国は、・・・北は北方領土をロシアに、竹島においては韓国に、尖閣諸島は中国の手に落ちようとしている、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんをはじめとする多くの日本人が未だに帰ってきていない、占領憲法がある中で、この原因は何なのかということを考えたら、現行の日本国憲法であると、その原因の一つであると言わざるを得ない、・・・これらの原因は日本国憲法を守っていることですか。確かに竹島の武力占領は続いています。拉致被害者の救出もこの10年進んでいません。原因の1つと言われればその可能性はあります。しかし、これらの問題は日本国憲法を改正して解決する問題なのでしょうか。憲法をどのように改正したらどのようなことが起きて、どのようにこれらの問題が解決可能になるのか全く分かりません。北方領土や竹島を(どのような形であれ)武力を用いて奪還しても、日本と韓国・ロシアの立場が逆転するだけで、何の解決にもなりません。拉致問題に関しては日本以上に韓国の方がはるかに多くの国民が拉致されていますし、軍隊があるような他の国にも拉致被害者がいます。何でも日本国憲法のせいにすればよいわけではありません。

現行憲法とは、昭和2124日から212日までの9日間に、日本を占領していた、占領軍司令部GHQ民政局のチャールズ・ケーディス以下25名に制定されたものであります。その時のわが国の状況は、天皇および日本国政府・・・の権限は、連合国総司令官の制限下におかれ、・・・主権は剥奪されていたのです。このような過程で、制定されたものを日本国憲法と呼べるのでありましょうか。」確かに当時の日本は連合国の占領下にあり、現在の日本国憲法はGHQ民政局が策定した草案をほとんどそのまま国会で可決したものです。一国の憲法の制定過程としては異常と言えるかもしれません。しかし、そのような中でも現行憲法が現に日本国の最高法規として70年以上改正されることなく日本国内で運用されて来たことは紛れもない事実です。その意味で現行憲法は紛れもなく「日本国憲法」であると言えます。憲法としての出自が気になるのであれば国民投票(現行憲法への信任投票)をしてもよいかもしれません。

そもそも、憲法とは、国家の歴史と伝統と、慣例を学び、そこに描かれている国家の姿、根本規範即ち国体を認識することであります。その上で、いかに法的に表現するか、またその表現が適切であるかを判断することであります。」このような説を私は初めて知りました。どこでそのような学説が提唱されているのですか。近代憲法の概念は国の歴史や伝統とおよそ無関係のところに定義されています。ましてや右翼民族派の独りよがりな歴史や伝統、国体など考慮されていません。それとも、日本は近代国家であることをやめるべきというのでしょうか。この主張は憲法など右翼民族派の身勝手な国体観を法律用語で法らしく飾ればよいという、単なる「言葉遊び」であると言っているも同然です。それは国家の最高法規であり、国家権力の行動をも制約する近代憲法の価値を軽んずるものです。

具体的には、昭和2253日に施行された、憲法の姿、我が国の姿、根本規範、即ち国体に照らして、適切か否か、我が国の伝統、文化と関連させて、嘘を書いているのか真実を書いているのかを点検することであります。では、現行憲法の何が嘘であるのか。」適切も何も、「我が国の姿、根本規範、即ち国体」が客観的に検証できるものではありません。先ほども述べている通り、恐ろしく恣意的な意味の伝統、文化を持ち出して、それを基準に真実か嘘かを決めるなど、かえって真実を歪めるものでしかありません。そもそも、憲法において適切か不適切か、あるいは真実か嘘かとは何なのでしょうか。この方針に従えば、ほとんどの国において、その憲法はその国の伝統や文化を反映していない「不適切」と「嘘」の塊となってしまいます。真実だから、あるいは嘘だから何になるというのでしょうか。適切であろうが不適切であろうが、真実だろうが嘘であろうが、国家運営が憲法に基づいてできているかがまず問題ではないのでしょうか。

まず第一の嘘は、義務教育では、大日本帝国憲法を天皇が定めた、欽定憲法と定め、日本国憲法は、国民が定めた、・・・民定憲法と教えていますが、日本国憲法は、日本を占領統治していたアメリカが作ったものであります。」調べてみてわかったことですが、欽定憲法は「君主主権に基づき君主がもっぱら自己の意思によって制定した憲法」、民定憲法は「国民主権原理に基づき国民が憲法を成立せしめかつ支える最終的権威であるとの前提に立つ憲法」という定義のようです。この意味で言うと日本国憲法はGHQ民政局が原案を策定し、普通選挙で議員が選ばれた帝国議会で可決・公布されたので民定憲法であると言えます。したがってこれは嘘とはいえません。

そして、第二の嘘は、天皇の地位は、主権を存する国民の総意に基づくとありますが、天皇は、天照大神の天壌無窮の神勅によっての天皇なのであります。いつ、日本国民は、国民総意で天皇を選んだのでしょうか。」確かに天皇は国民が選んだわけではありません。しかし「天照大神の天壌無窮の神勅によっての天皇」は1946年の天皇の人間宣言によって、建前上この地球に存在しないことになっています。その代わりに、日本国の象徴というある種の「国家機関」としての地位が国民の総意によって決められているのです。いうなれば天皇の地位は「天照大神の天壌無窮の神勅」によってではなく、「国民の総意」によって権威づけられることになったのです。右翼民族派が個人的に「天照大神の天壌無窮の神勅によっての天皇」を信じるのは勝手ですが、それを現実の天皇に適応することは国民主権の元での天皇を否定することになります。ここまで来ると何が真実で、何が嘘かというというより、何に基づいて真実と決めるかの話になりますか。

このように、義務教育において、子供たちに嘘を教える国に未来はあるのでしょうか。」以上の点において義務教育で嘘を教えているわけではありませんが、教育基本法と学校教育法が制定されてから70年、日本国民に何をもたらしたのかと問われれば、暗澹たる気持ちを抑えることができません。安倍晋三内閣という、憲法の何たるかどころか、法の支配もまるで理解していないような者たちが作る内閣が日本を動かしていることが戦後教育の帰結であるとすれば、教育によって日本国憲法の理念は国民の間にほとんど根づかなかったことになります。今一度、この日本社会で国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という理念を日本に根付かせるためにどうすればよいか考える必要があります。

占領憲法を破棄し、自主独立憲法を制定するぞーーー!!!(せーてーするぞーーー!!!)自主独立憲法とは何なのでしょうか。自主独立憲法の姿もはっきりしないのに、日本国憲法を一方的に批判しているのはいかがなものかと思います。今まさに、自主独立とはほど遠い、アメリカに盲従するだけの政策および憲法改正議論が自民党主導で進められていますが、これに右翼民族派は反対しますか。

総じてみるに、憲法で国内の何から何まで規定できるという発想だからこそ、憲法で国民の権利どころか国民生活や国民の精神まで束縛しようとするのだと思えました。近現代において憲法とは、国家の統治機構を規定し、国民を保護するために国家権力の行使できる範囲を制限するものであるということを国民が再認識しなければなりません。その上で、憲法に何が書かれていて、国民は何ができるのかを考えていかなければならないのです。憲法は国家権力に対する大きな武器になりえます。右翼民族派も、憲法96条改正の恐ろしさや日本が攻撃を受けた時の安保法の欠点など、安倍政権の政策の危険性に気づきつつあります。憲法で国民の家族観まで介入しようとする自民党安倍政権に憲法を改正される前に、思想の左右を問わず国民は自らの権利と生存を守るために主権者として闘わなければなりません。

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