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地下鉄サリン事件 ―ポアの結末―

1995320日、東京の営団地下鉄千代田線・丸ノ内線・日比谷線の5本の列車で毒ガスのサリンが散布され、地下鉄利用者や駅員のうち12人が死亡し、5500人以上が重軽傷を負いました。警察はこの犯行を、坂本堤弁護士一家殺害事件などを首謀したとされる宗教法人「オウム真理教」の犯行であると断定し2日後に強制捜査に乗り出しました。この生物・化学兵器(BC兵器)を用いた大都市での無差別テロは日本のみならず全世界に衝撃を与えました。

サリンは第二次世界大戦の直前にドイツで開発された有機リン系の神経ガスです。この毒ガスは空気に触れると気化し、呼吸はもちろん皮膚からも浸透し神経伝達物質アセチルコリンの分解を阻害します。その結果神経の働きが過剰になります。ここでは製法を書きませんがサリンのような毒ガス兵器は核兵器よりはるかに簡単に作れます。そのうえ使用した効果も多大です。BC兵器が「貧者の核兵器」と言われるのはそのためです。

オウム真理教は松本智津夫(麻原彰晃)が1984年に開いた「オウムの会」というヨガサークルを原型に、「オウム神仙の会」を経て1987年に宗教法人として認可されました。同年松本智津夫はダライ・ラマ14世とインドで会談し、そのことを教団の宣伝に用いました。以来オウム真理教はその特異な教義と松本智津夫の欲望の狭間で脱会信者の殺害や社会からの批判を受けました。その中で1989年にオウム真理教の反社会性を批判していた坂本堤弁護士の1歳の息子を含めた一家3人全員を殺害し、死体を新潟県や富山県の山中に埋めました。1990年に「真理党」として立候補しますが落選します。その頃よりオウム真理教は細菌や毒ガスの製造をはじめ、自動小銃の密造や軍用ヘリコプターの購入など軍事性を強め、教団の意向に逆らう人間を「ポア」と称して次々と抹殺していきました。これらの兵器の製造や購入にはロシア系マフィアなどが仲介していたと言われています。

非合法活動を続けるうちに、社会から疑惑の目を向けられ始めました。このため、社会の関心を自分たちから逸らそうとして起こしたのが地下鉄サリン事件であるとされています。サリンという物質がほとんど認知されていなかった当時、駅員や状況はサリンとは知らずに対応し、被害が拡大しました。警察や消防はサリンの存在を認知しておらず、鑑識により原因物質がサリンと断定されるまで、何の装備もせずに救助活動を行い、多くの負傷者を出しました。自衛隊のみが初めからサリンの存在を想定し、サリンの除染活動に協力しました。これが自衛隊の存在価値を高めることとなりました。

事件の2日後、山梨県上九一色村(現在の甲府市と富士河口町)にあるオウム真理教の建物群「サティアン」に対する強制捜査が行われることとなりました。2ヵ月後には松本智津夫も逮捕されました。他にも幹部が次々と逮捕されましたが、幹部の1人、村井秀夫が報道陣の前で暴力団員徐裕行に刺殺され、平田信、菊池直子、高橋克也の3人が2009年現在も逃亡し、指名手配を受けています。

現在、宗教法人としてのオウム真理教は解散しています。しかし、2000年にオウム真理教は「アレフ」と改称し、国土利用計画法違反により懲役3年に処された上祐史浩が代表に就任しました。2003年には「アーレフ」と改称し、2008年に「Aleph(アレフ)」となりました。その過程で、2007年に松本智津夫の地位に関する見解の相違によって上祐史浩が脱退し、新たに宗教法人「ひかりの輪」を作り代表となりました。しかし、数々の事件を起こしたオウム真理教への風当たりは厳しく、道場のあるところではしばしば住民の反対運動が起こっています。松本智津夫を含む事件に関与した幹部に次々と死刑や無期懲役の判決が下され、上祐史浩も松本智津夫を見放しましたが、アメリカのCIAは現在もAlephをテロ組織に指定しています(日本赤軍が壊滅した現在、日本で唯一のテロ組織です)。公安当局も教団の松本智津夫への回帰が見られるとして警戒を強めています。

オウム真理教が起こした事件には未だに多くの謎が残されたままです。何故村井秀夫が刺殺されたのか、上祐史浩は本当に何も関わりが無かったのか、何故教団はあれほどの資金を持ち、兵器を入手し得たのか、巨大な謎と闇が今も残されたままです。しかし、事件に関わった教団関係者の中には死刑判決が確定した者もおり、全容解明のために残された時間はそう多くないのかもしれません。残された遺族の方々にとって当時のオウム真理教幹部たちは殺してやりたいほど憎い相手でしょう。心中をお察しいたします。私自身彼らの所業を許すことは到底できません。しかし、真相解明という点において見ると、教団関係者に死刑判決を出したことが果たして妥当であったかどうか、疑問の余地が残ります。それに、彼らの所業に対する償いは、彼ら自身の死をもってしても為しえないのです。

2023年追記)

平田信、菊池直子、高橋克也も2012年に逮捕されたことで一連の事件を引き起こした被疑者は全員逮捕されました。20181月、高橋克也の無期懲役が確定したことでオウム真理教の一連の事件の裁判が終結し、同年7月に死刑判決が確定していた松本智津夫ら13人の死刑が執行されました。

現在のAlephが松本智津夫の教えに回帰しているという報道を考えるとこの処刑は信者を団結させる殉教者を量産してしまっただけのように思えてなりません。

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