ノーベル賞授賞式に添えて

 1210日(日本時間1211日)、ノーベル賞の授与式が行われ、京都産業大学の益川敏英教授、高エネルギー加速器研究機構の小林誠教授、シカゴ大学の南部陽一郎名誉教授(体調不良によりシカゴ大で受賞)がノーベル物理学賞を、ボストン大学の下村脩名誉教授がノーベル化学賞を受賞しました。日本人の受賞は、ノーベル物理学賞は2002年に東京大学の小柴昌俊名誉教授が受賞して以来6年ぶり、ノーベル化学賞は2001年に名古屋大学の野依良治教授が受賞して以来7年ぶりです(南部教授は国籍上日本人ではありませんが)。

 宇宙に存在する物質は原子でできています。原子は陽子と電子、そして中性子でできています。では、それらはどのような構造なのでしょうか。その答えが、素粒子です。素粒子はクオーク、レプトン、そして理論的に存在が予言されているヒッグス粒子に大別されます。

このうち、南部教授、小林教授、益川教授が受賞のきっかけとなる研究をしていた頃、クオークについてはアップクオーク(u)、ダウンクオーク(d)、チャームクオーク(c)の3種類が確認されていました。duの反粒子です。反粒子とは、質量が同じで性質が逆のものです。粒子と反粒子が衝突すると、エネルギーを出して消滅します。d陽子はuud、中性子はuddという構成です。このため陽子と中性子が衝突するとそれらが消滅したり、質量がマイナスの物質(反物質)ができたりしてしまいます。しかし、現実に粒子は消滅していませんし、反物質も存在していません。これがCP対称性の破れです。そのことを早くから研究したのが南部教授です。そしてなぜそうなるのかが研究されています(今回の研究だけでは説明できません)。小林教授と益川教授はクオークの対応の仕方を考え、クオークの種類が6種類ならば理論的にCP対称性の破れを説明できるという結論にたどり着きました。これが小林・益川理論です。この理論は実験的に証明され、のちに残りの3種類のクオーク(cの反粒子であるストレンジクオーク、トップクオークとその反粒子ボトムクオーク)が発見されました。

一方、下村教授はウミホタルやオワンクラゲなどが発光する原因を研究し、オワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見しました。そのタンパク質の構造を解明し、そのタンパク質を作るように発現する遺伝子を発見したのは同時受賞した2人の化学者です。このタンパク質は現在、生物にそれを発現させる遺伝子を組み込むことによって、遺伝子の発現を観察する指標として世界中のあらゆる生物研究や生物化学研究に広く使われています。

以上の内容は管理人の理解によるものであり、その正確さは保証できません。正確で詳しい内容は受賞者の著書や論文、またその関連書籍を読んで確かめてください。また、私の文章に間違いがあるときは掲示板やお問い合わせフォームからお知らせください。

4人ともノーベル賞受賞おめでとうございます。しかし、これを一時的な話題として終わらせるならば、あまりにももったいなさ過ぎます。この受賞は現代日本の教育研究の場に重大な問題提起をしています。

1010日、益川教授と小林教授は文部科学省で塩谷文部科学大臣、野田聖子科学技術担当大臣と面会し、現在の教育研究の現場について「今の教科書は最低限のことしか書いていない。ストーリーが見えない。」「選択式の試験問題で、考えない人を育てている」と苦言を呈しました。

現在、日本は科学立国という標語を掲げていますが、その実態はとても厳しいものです。日本の国家予算や地方自治体の予算から教育研究費は削減され、日本の国家予算に占める教育研究費の割合はOECD(経済協力開発機構)諸国62カ国の中で最も低い水準です。その研究内容は結果を、しかも実用につながる結果を出すことをひたすら要求され、以前から日本の科学研究は基礎研究が立ち遅れているという評価がありました。「基礎研究を充実させないと、20年、30年後に結果が出ない」「上流(基礎研究)が枯れると下流(応用研究)も枯れる」という小林、益川両教授は現状をよく言い当てていると思います。また、博士の学位を持っている人を日本企業は敬遠するため、大学院で博士の学位を取得した研究者が安定して研究をする場所がないなどの問題を抱えています(そのため、大部分の大学院生は修士の学位を取得すると企業などに就職してしまいます)。

現在の日本の教育そして科学研究は危機に瀕していると言っても過言ではありません。それは日教組や全教に責任を求め、それらを解体すれば解決するというものではありません。科学研究において最も初歩的で大切なものは、「物事は面白い、興味深い」という視点です。科学というものは極端にいえば「果てしなき知への欲求」です。

2人の物理学者による日本の科学研究の窮状を訴える声は2人の国務大臣に届いたのでしょうか。そして日本の教育研究の現場に改善の兆しは現れるのでしょうか。その答えは20年後、30年後にわかるでしょう。

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