ノーベル賞授与式に考える

 12月10日(日本時間12月11日)、スウェーデンのストックホルムで(平和賞はノルウェーのオスロで)ノーベル賞の授与式が行われました。今年、超高解像度蛍光顕微鏡の開発に対してノーベル化学賞が与えられました。ノーベル平和賞はイスラム社会における女性や子供の人権向上に向けての活動に与えられました。そして青色発光ダイオードの開発に関する業績により赤崎勇名城大学終身教授、天野博名古屋大学教授、中村修二カリフォルニア大学教授がノーベル物理学賞を受賞しました。

 ダイオードとは、一方向に電圧がかけられた場合にのみ電流が流れる半導体素子のことを言います。その原理は正電荷を持ちやすい層(p型)と負電荷を持ちやすい層(n型)が貼り合わさった構造に、電荷を打ち消すように電圧をかけると、負電荷がp型に移動することで電流が流れる、というものです。ダイオードのうち、電流が流れる際に一部のエネルギーを光として放出するダイオードが発光ダイオード(Light Emitting Diode: LED)と呼ばれます。

放出される光の色(波長)は放出されるエネルギーを反映し、そのエネルギーは材料によって異なります。発光ダイオードは消費電力が白熱電球に比べて消費電力が小さく、エネルギーの消費を大幅に抑えることも可能です。そのため、発光ダイオードの発明以来、砒化ガリウム(GaAs)による赤色LED、窒素を不純物とした燐化ガリウム(GaP)による緑色LEDが1960年代に開発されてきました。一方、青色の光はエネルギーが大きく、青色の発光が得られれば他の蛍光物質にその光を照射することで蛍光物質がその光をエネルギー源として様々な色の蛍光を発生させることができます。しかし、青色LEDはなかなか実用に足るものが開発できませんでした。

 青色発光ダイオード材料としては窒化ガリウム(GaN)とセレン化亜鉛(ZnSe)があります。窒化ガリウムの方が、熱伝導性が高く高温での動作が可能であるなど材料として優れています。しかし、材料として利用するための単結晶薄膜を基板上に作製するのがセレン化亜鉛に比べて困難でした。中村教授が青色の発光ダイオードの研究に取り組み始めた頃(1990年代初頭)、セレン化亜鉛を基盤とした研究が主流であり窒化ガリウムはほとんど注目されませんでした。中村教授が言うにはセレン化亜鉛に関する年間数百数千もの論文が報告され、学会のセッションも盛況であったのに対し、窒化ガリウムに関する論文はほとんどなく、学会のセッションも閑古鳥が鳴く有様であったようです。

赤崎教授はサファイア基板上に緩衝材をサファイア基板上に導入しました。その結果、窒化ガリウムの単結晶薄膜の作製に成功しました。ここに至るまでに赤崎教授らは1500回以上の実験を繰り返したのです。窒化ガリウムはn型になりやすいのですが、そのままではp型にすることが困難でした。天野教授は赤崎教授とともに、マグネシウムなどを微量加えることでp型となることを突き止めました。これにより青色発光ダイオードの基礎が完成します。中村教授は、この窒化ガリウムによる青色発光ダイオードにするための窒化インジウムガリウム(InGaN)高品質薄膜を製造するために、横から吹き付けるトリメチルガリウムなどを含む原料ガスを窒素・水素を含むガスを上から吹き付ける方法(ツーフローMOCVD法)を開発しました。これにより遂に青色発光ダイオードが製品化され、世界中で利用されることとなりました(青色発光ダイオードに関するこれらの研究により中村教授は博士の学位を取得しました)。3人は現在も次の研究を考えていらっしゃるようです。

 以上が私の理解に基づいた3人の業績です。3人の業績は発光デバイスの研究のみならず、関連する広い分野に大きな変革をもたらしました。中村教授の講演を拝聴する機会がありましたが、研究者を支えるのは研究への強靭な哲学と誇りであると感じました。STAP現象に関する騒動でも書きましたが、「自らの考えを持っているか、そしてその考えを自ら紡いだ言葉で他者に理解できるように語れるか」という問題に直結しています。それを持っている人間からすれば、研究が第一であって、ノーベル賞受賞は副次的なものでしかないのです。

 中村教授は若者に挑戦を行うことを勧めています。しかし、様々な問題が現代の若者を取り巻いています。終身雇用制度が崩壊してから久しく、不安定な非正規雇用のもとで不安定な生活を強いられる若者が少なくありません。若者の挑戦が許容される社会を作っていくことが政府の責任ではないのでしょうか。教育研究に関係する公的支出も依然低いままです。教育問題で議論されるべきなのは歴史教育や道徳教育だけではないのです。

 最後になりましたが、赤崎勇教授、天野浩教授、中村修二教授のノーベル物理学賞受賞を心よりお祝い申し上げます。

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