アメリカ大統領選挙

 119日、予備選挙を含め1年以上にわたったアメリカ大統領選挙は共和党のドナルド・トランプ候補の勝利により幕を下ろしました。これによってアメリカ史上初の政治家も軍人も経験していない大統領が誕生します。民主党のヒラリー・クリントン候補との不人気の接戦を繰り広げた末に得た薄氷の勝利でした。しかし、大統領を実際に選ぶ選挙人は過半数をトランプ候補が取得したものの、得票数ではクリントン候補が上回っていたため、アメリカ全土でトランプ候補の当選に反対するデモ行進およびトランプ候補の支持者によるヘイト行為が行われ、アメリカ国内では混沌とした状況が続いています。

 この結果はトランプ候補および共和党に対する期待ではなく、オバマ大統領および民主党に対する失望の結果であろうと感じます。オバマ大統領が率いるアメリカが直面した現実とは、世界の多極化とそれに伴うアメリカの影響力の低下、アメリカ社会の分断でした。2009年にプラハで核廃絶を訴え、ノーベル平和賞を受賞しても、世界各地で核実験は行われ続け、核兵器の削減は期待されたような成果を上げていません。一方で、中国やロシアが国際社会において再び影響力を強め、アメリカ軍がイラクから撤退した中東ではイスラム国が勃興し、世界を震撼させています。国内ではアフリカ系やヒスパニック系などの民族をはじめとして宗教、性嗜好など様々なマイノリティへのヘイトクライム(差別感情に由来する犯罪)が未だ後を絶たず、人種差別撲滅には遠い状況です。このような状況で、オバマ大統領率いる民主党はもとより既存の政治家へのアメリカ国民の鬱屈した感情がトランプ候補を勝利に導いたのではないでしょうか。8年前、オバマ大統領を勝利に導いた期待がそのまま失望に変わった形となります。

 トランプ候補は「メキシコ国境に壁を作れ」などの差別・排外発言や暴言を連発していたため、ドイツのメルケル首相やフランスのオランド大統領など、世界各国の首脳たちが警戒感をもって迎えている中、日本の安倍晋三内閣総理大臣は「トランプ氏にはリーダーシップがある」などと諸手を上げて歓迎するようなコメントを発しています。これは安倍総理大臣とトランプ候補がよく似た気質を共有しているからかもしれません。トランプ候補は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)調印に反対しているにもかかわらず、安倍内閣は今月10日、衆議院本会議でTPP承認案を可決させました。今月18日安倍総理大臣とトランプ候補の会談は先進国の首脳の中で、このことについてどのような話し合いがもたれたのでしょうか。その内容は非公開のままです。

 またトランプ候補は在日アメリカ軍の駐留費用の負担に疑問を呈しており、日本側の駐留費負担増や日本にあるアメリカ軍基地の撤退に言及しています。当の安倍総理大臣は日米同盟の堅持を主張しておりますが、果たしてそのために日本側は駐留費負担増を選択しなければならないのでしょうか。7月の参議院選挙において現職大臣が選挙区で落選し、米軍基地移設反対の民意が示されたにも関わらず、沖縄県東村高江にてアメリカ軍に供与するヘリパッドの建設が強行され、今も地元住民や全国より馳せ参じた有志による必死の阻止行動が展開されています。このような現状で、これ以上沖縄県に負担を強いることはさらなる県民の怒りを招くだけです。

今年7月にイギリスが国民投票でヨーロッパ連合(EU)を離脱することが決定し、世界各地で極右勢力の活動が活発化するなど、ここ数年でそれまで続いていたグローバリズムの退潮が顕著になっています。このことは政治・経済・文化などあらゆる分野のグローバル化が進み、人や物の移動が広範囲に広がるにつれて、それに由来する軋轢が表面化していると見ることができます。いずれにせよ、政治家も軍人も経験していない新たな大統領が大国アメリカをどのように動かしていくのか、アメリカ国民がこの新たな大統領にいかなる期待と失望をいつ感じるか、注意して見守る必要があります。アメリカ政府の動きに連動する日本政府の動きも同様です。

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