中国問題

 97日、尖閣諸島沖で操業中の中国漁船が日本の海上保安庁の巡視船に接触し、漁船の船長が拘束される事件が起きました。日本政府は、尖閣諸島は日本固有の領土であり、船長は日本の法律に基づいて起訴するとしました。これに中国政府は反発し、日中関係は一気に険悪なものとなりました。中国政府は日本の閣僚級の人物の入国を禁止し、日本の大使を深夜に呼び出され、数多くの文化交流も中止され、中国国内では反日運動が激化し、日本人学校に対する嫌がらせも起きました。ました。同月20日には、日本企業の社員4人を軍の管理区域への不法侵入の容疑で逮捕・拘束しました(中国政府は衝突事件とは無関係としています)。24日には中国政府は日本向けのレアアース(希土類)輸出停止を行うという情報もありました。この流れにおいて、船長の身柄を拘束していた那覇地方検察は「日中関係への影響を考慮し」、船長を処分保留とし、釈放を決めました。船長は中国政府のチャーター便で帰国し、大いに歓迎されました。同月30日、4人のうち3人が釈放されました。105日、アジア・ヨーロッパ会合(ASEM)の場で日本・菅直人総理大臣が中国・温家宝首相が「会談」し、戦略的互恵関係を維持すること、日中ハイレベル協議を行うことで一致しました。同月9日、拘束されていた日本人の最後の1人が釈放されました。

 右翼民族派はこの問題に敏感に反応しました。事件後すぐより中国関係の施設に抗議活動するにとどまらず、民主党政権の対応を「弱腰外交」として非難し始めました。26日には福岡市、長崎市の中国領事館で抗議活動をしていた右翼民族派団体のメンバーが領事館に向けて発煙筒を投げつけ逮捕されました。福岡では反中共デーに中国人観光客の乗ったバスが右翼民族派の街宣車に取り囲まれ罵声を浴びせられる事態も起きています。

 尖閣諸島は国際法上日本の領土ですが、日本政府の対応はあまりにも杜撰で中途半端なものとなったという印象を受けました。最初は日本の法律に基づいて起訴するという強硬な態度を見せた日本政府ですが、中国政府が強い対応に出れば、すぐに釈放しました。在日アメリカ軍も自衛隊の要請があれば日本を支援するとしました。レアアースの輸出制限も世界貿易機関(WTO)に問題を持ち込むこともできました。速やかに船長を釈放したのは恐らく拘束された日本人の身の安全を確保するため、そして経済的・文化的な損失をこれ以上大きくしないためであろうと考えられます。それはある意味で正しい判断でした。しかし、政治的には中国政府の行動に臆したととられても仕方がないでしょう。中国政府も、尖閣諸島は中国の領土であると主張している手前、国内世論の反感を買いたくないがために強硬な対応に出た部分もあるでしょう。そして、アメリカの反応も考えて、これ以上日本との緊張状態が続けば損失は自国にも及ぶと考えた部分もあったでしょう。ある意味で「落とし所」を見つけたわけです。

 そもそも、日本政府はなぜ強硬な態度に出たのでしょうか。これまでにも尖閣諸島付近への中国船の侵入や中国や台湾の活動家による尖閣諸島への上陸はありました。しかし、日本はそれを強制送還するだけで、国内法で処罰したことはありませんでした。それを今なぜ、国内法で処罰するなどと主張し始めたのでしょうか。そのように主張して、いざ中国政府が強硬な措置に出れば、すぐに釈放するといったような国の面子をつぶすようなことをするよりも、最初からこれまで通り強制送還すればよかったのではないでしょうか。そうしておけば、ここまで大きな問題にもなりませんでしたし、菅直人内閣が批判にさらされ、支持率を下げることもなかったはずです。

 中国と国交断絶そして中国と戦争などというのは論外です。日中戦争を主張する人は、勝利の見えない、勝利条件が全くわからない、日中戦争のような戦争に日本を再び陥れるおつもりでしょうか?

 いずれにせよ、今回の問題は日中両国の対応が稚拙で、中途半端で、杜撰でした。今後はこのような緊張関係が発生する前に日中間の問題を協議する体制を考えるべきではないでしょうか。今後行われるであろう日中ハイレベル協議がそれを考える機会になればよいのですが。

 (以下1126日追記)

 115日、尖閣諸島近海での衝突事件に際して海上保安庁巡視船の乗組員が撮影した映像が動画サイト「YouTube」に流出しました。映像を流出させたと名乗り出た神戸海上保安庁の職員が警視庁より任意の事情聴取を受けましたが、公務員の守秘義務違反による逮捕は見送られるようです。さらにこの職員はYouTubeに映像を投稿する前にCNN東京支局に映像の入ったSDカードを送付していたことも判明しました(この映像は放送されず廃棄されました)。この事件を受けて鈴木久泰海上保安庁長官や真淵澄夫国土交通大臣の責任問題が発生し、馬淵澄夫国土交通大臣の問責決議案が仙石由人内閣官房長官のものと同時に野党の賛成多数で参議院で可決されました。

 私も流出した映像を見ました。映像を見た限り、衝突した漁船はただの違法操業の漁船であって、一部でいわれているように「工作船」であるとは断言できませんでした。また、ニュース番組等でよく流される衝突する瞬間の映像を見ました。1回目の衝突(巡視船「よなくに」との衝突)は漁船の方が船首を向けて突進してきたように見えました。しかし、二回目の衝突(巡視船「みずき」との衝突)は果たして漁船からの意図的な衝突であったのか、ただの衝突事故か、はたまた巡視船側が衝突させたのか、映像のみでは判断できませんでした。漁船が巡視船と衝突した動機も、恐らく巡視船の取り締まりから逃れるためであったのではなかろうかと推測されます。

 また、映像を流出させた海上保安庁の職員ですが、海上保安庁のネットワークの共有スペースに映像が保存され、それを介して入手したと供述しています。そのこと自体は特に問題ではありません(重要な機密情報がそこに保存されていて、その情報が流出したとなれば大問題でしたが)が、本人が映像を流出させたことに政治的な意図はなく、国民に事実を知ってもらいたかっただけであると供述していることには大いに違和感を覚えました。巡視船の乗組員が撮影した映像は2時間程度のものであったと報道されています。それがテロップを含め44分に編集されているとなれば、そこには海上保安庁の何らかの意図があるわけです。それをインターネットに流出されたということは、海上保安庁の意図を宣伝したことになります。また、映像をインターネットに流出させるという行為自体が、国民に「事実(海上保安庁から見た「真実」)」を知ってもらいたいという本人のイデオロギーに基づく行動であると見ることができます。映像を投稿したYouTubeアカウント名である「sengoku38」も東大生時代に全共闘に参加した経験のある仙石由人官房長官を揶揄するものであると一部いわれています。これらを見てもわかるように、映像を流出させた海上保安庁の職員が政治的な主張なしに映像を流出させたということはほとんどあり得ないわけです。

 右翼民族派などはこの海上保安庁職員の行為を「勇気ある行為」として、激励活動などを行っています。また、この海上保安庁の職員を肯定的にも否定的にも事件の青年将校に例える人もいます。海上保安庁職員の心情は理解できますが、海上保安庁のネットワーク内で保存されていたものを独断でインターネットに公開し、さらにマスコミに送付することは規律を乱すことでしかありません。それにYouTubeに映像を投稿した時、あるいはCNNに映像を送付した時なぜ実名を名乗らなかったのでしょうか。ここで何の処罰もしない(もしくは軽い処罰に処す)ことは更なる規律の乱れを産みます。海上保安庁からはそれなりに重い処罰が下されるでしょうし、そうあるべきでしょう。ただ、そのことによってその職員が海上保安庁を退職し、田母神俊雄元幕僚長のように活動家への道をたどる可能性もありますが。

 政治についてですが、菅直人内閣はもはや行政の統率力を失っているように見えました。しかし、この事件に際して政権批判しかしない、閣僚の責任問題しかしない自民党は政権を担当した経験から解決法を提示できないのでしょうか。「国家の主権」などと主張する割に政権批判と閣僚の責任しか追及しない自民党には笑止千万としか言いようがありません。自民党政権においても、今回と同様な事件に際しては乗組員を国外退去処分にするのみで乗組員を逮捕・刑事訴訟を検討することもない、「国家の主権」の問題などどこにも存在しないような対応をするのでしょうけれど。

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