ノーベル賞授与式に考える

 1210日(日本時間1211日)、スウェーデンのストックホルムで(平和賞はノルウェーのオスロで)ノーベル賞の授与式が行われました。今年、ノーベル平和賞はアラブの春に向けての活動に与えられました。そして有用な生理活性物質を土壌中に生息する最近から数多く見出した業績に対して大村智北里大学名誉教授がノーベル生理医学賞を、ニュートリノの振動解析に関する業績により梶田隆明東京大学教授がノーベル物理学賞を受賞しました。

 自然界に存在する化合物の中には抗生物質や、抗癌剤となりうる可能性のある化合物が多数あります。そのような生理活性物質を発見するために製薬会社だけでなく、大学やその他多くの研究機関が毎年膨大な研究費と人員を投入するのです。大村教授は土壌中に生息する細菌に注目し、その細菌が体内で合成する化合物の精製、単離を行うこととしました。1974年、静岡県伊東市のゴルフコースの土壌から採取された細菌を培養したところ、他の細菌の溶液とは異なる色をしていました。その溶液から化合物を抽出、精製を行ったところ、エバーメクチンという化合物を得ました。この化合物の単離・構造決定に関する論文が1979年に発表されました。さらにエバーメクチンがウィリアム・キャンベル博士(共同受賞者)により抗線虫作用を示すことが明らかとなり、1981年には構造に修飾が施されて副作用を抑制したイベルメクチンが医薬品として市販されるに至りました。のちには河川盲目症やマラリアにも活性があることが見出され、1987年に販売元のメルク社により無償で配布されたことで何億人もの人々を救うこととなったのです。大村博士はこの他に500種類以上の化合物の単離・構造決定に貢献し、それを元に開発された20種類以上の化合物が医薬品として多くの命を救いました。

 この世に存在する物質の質量(重さ)はどこから生じてくるのでしょうか。この問いに対する答えを求めて素粒子物理学を中心に数多くの研究がなされてきました。その中でニュートリノは、放射性同位体がβ崩壊を起こすとき、β線とともに放出する粒子としてその存在が1930年に予言され、1956年に原子炉で発生するニュートリノが実験的に観測されました。ニュートリノは太陽から降り注ぐなど様々な場所に存在し、毎秒100兆個ものニュートリノが私たちの体を貫通しています。ニュートリノには3種類(フレーバー)、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノがあり、それぞれ異なる質量と振動数をもっています。それらの重ね合わせがニュートリノの状態として表れるのです。小柴正俊東京大学名誉教授は、1987年岐阜県神岡町にあるカミオカンデにより世界で初めて超新星爆発により降り注ぐニュートリノの観測に成功し、2002年にノーベル物理学賞を受賞しました。カミオカンデは、気体分子による副反応を防ぐために地下深くに設けられた貯水槽に大量の純水をためたものです。そこに入ってきたニュートリノと水の反応により発生した光電子を光電子増倍管で検出することでニュートリノを観測します。梶田教授らの率いる研究チームは1996年から運用を開始したスーパーカミオカンデによりニュートリノの種類が飛来する距離や角度により異なる現象(ニュートリノの振動)を観測しました。このことからニュートリノに質量が存在することが実験的に確認されました。

 両者の研究とも砂浜から一粒の砂を見つけ出すような途方もない労力と精神力、そして莫大な研究費がかかるものでした。研究費というのは、研究を行う上で常に付きまとう問題です。現代において私費で研究を行っている研究者はほとんどおらず、多くの研究者は外部から研究資金を得ることに腐心しています。日本には日本学術振興会が行っている科学研究費助成事業(科研費)のほか、多くの民間財団による研究助成金がありますが、それでも多くの研究者にとって十分と言えないのが現状です。大村教授は世界有数の製薬会社であるメルク社から研究費を受け取り、研究を開始した当時日本ではまだ少なかった産学連携の端緒を築きました。あらゆる分野・業界が理解を深め、研究者に研究費を捻出し、新たなる知を創造してゆくことはとても重要です。

一方で、研究を研究費が拘束することがしばしばあります。他の研究者を含め他人に理解されてこそ素晴らしい研究といえるのですが、研究費を稼げる研究と本当に重要な研究は異なることがあります。また今年、民生用に応用可能かつ研究成果の公開を原則として防衛省が基礎研究を対象に研究費を公募し、16件の応募のうち9件の研究が採用されました。いずれも研究として興味深いと思えるのですが、どのような研究でも軍事目的に利用できるということを示しているようにも思えます。研究者を軍事研究に協力させる悲劇は世界的研究者を多数動員して原爆の開発にあたらせたマンハッタン計画の例からも明らかでしょう。政治および社会は科学に無関心であってはならない一方で、憲法に保障された「学問の自由」を守らなければなりません。

 最後になりましたが、大村智名誉教授、梶田隆明教授両名のノーベル賞受賞をここに心よりお祝い申し上げます。

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