ノーベル賞授与式に考える

 1210日(日本時間1211日)、スウェーデンのストックホルムで(平和賞はノルウェーのオスロで)ノーベル賞の授与式が行われました。今年、ノーベル平和賞は戦地における暴力の終結に向けての努力に対して贈られました。ノーベル物理学賞はレーザー光を用いた「光ピンセット」の開発とその応用研究に対して贈られました。ノーベル化学賞はタンパク質の分子進化に関する研究に贈られました。そしてノーベル生理医学賞は免疫チェックポイント阻害因子の発見と癌治療への応用に対して本庶佑京都大学特別教授とジェームズ・アリソンテキサス州立大学教授に贈られました。

 私達の体は免疫細胞が病原体を攻撃することでそれらから守られています。この免疫細胞はある種の分子(受容体)によって制御され、正常な細胞を攻撃せずに病原体を選択的に攻撃できます。しかし、癌細胞はこれを悪用し、免疫細胞に攻撃されずに増殖することができます。今回共同受賞したジェームズ・アリソンテキサス州立大学教授は1995年、この免疫細胞の働きを抑制する受容体CTLA-4を、本庶教授は別の受容体とそれを発現する遺伝子(PD-1)を1992年にそれぞれ発見しました。そして2人はCTLA-4PD-1の受容を阻害する抗体を用いた癌治療法を提唱し、その抗体を開発しています。その研究はニボルマブやイピリムマブといった癌治療薬として結実し、新たな癌治療として現在も注目を集めています。詳しい研究内容は本庶教授の原著論文や著書、関連書籍などでご確認ください。また間違い等があれば掲示板やお問い合わせフォーム等でお知らせくださると幸いです。

 本庶教授も過去にノーベル賞の受賞した研究者と同じく、基礎研究の重要性を訴えていました。アリソン教授がCTLA-4の発見を報告しても当初研究者の多くは相手にしなかったこと、PD-1が発見されてからイピリムマブが癌治療薬として承認されるのに20年以上かかっていることから、本庶教授は基礎研究の重要性を実感として知っているのでしょう。たとえ今研究の意義が理解されずとも、数十年経ってその研究が大きなブレイクスルーをもたらす可能性など誰もわかりません。

現在多くの国公立大学の運営費交付金は減らされ、研究者たちは研究資金を競争的資金に頼らざるを得ません。多くの競争的資金の対象となる研究は短いスパンで行われるものが多く、その間に目に見える研究成果(論文)や社会的インパクトを要求されがちです。研究者たちは雑事に追われ、研究に従事可能な時間が減る一方で、従事する研究自体も短期的で「社会の役に立つ」(すぐ論文が書けて研究費を獲得しやすい)ものしか認められなくなってしまいます。さらに1990年代からの大学院重点化政策により博士取得者が増えたにもかかわらず、有期雇用のポストばかり増えて経済基盤が不安定な中で研究をしなければならない研究者が多くいます。競争的資金それ自体を否定する気はありませんが、それに依存することなく、研究者たちが安定した環境であらゆる「果てしなき知への欲求」に応えられるように政府が財政基盤や制度を整えていかなければなりません。政府は科学研究費助成事業(科研費)の100億円増額を決めはしましたが、それで終わることなく政府、大学、企業による財政、人事面での改革が進んでほしいのです。11月に本庶教授が内閣府の総合科学技術・イノベーション会議で語った「研究費は未来への投資だ」という言葉を忘れてはなりません。

 すでに日本の科学研究に衰退の傾向は見え始めています。当サイトの過去の記事でも、世界の大学ランキングにおける日本の大学の地位が下がっていることは指摘してきました。それに加えて過去十数年、著名な学術雑誌に掲載される日本発の論文のシェアも下がっています。中国やインドなどの新興国が追い上げているのも理由の一つですが、このまま学術面でも国際社会における日本の存在感が薄れてもいいのでしょうか。「科学技術立国」の看板が張りぼてになってもよいというのでしょうか。私はそう易々と諦めたくはありません。

また博士課程に進学する学生も減り続け、研究者数も伸び悩んでいるだけでなく、研究者の高齢化も進んでいます。日本全体で少子高齢化が進んでいるからそうなるのは当たり前でしょうか。では若い世代の人口が増えれば自然に解決すると果たして言えるでしょうか。学生が博士号を得た後のキャリアに希望が持てず進学を断念したり、日本で研究職につかなかったりすることが多々あるのです。博士課程の学生をはじめとした若手研究者への社会の理解と支援が進み、活躍の場所が日本国内で広がれば、優秀な人材が博士課程に進学し、研究者となりうるのではないでしょうか。現在までにノーベル賞を受賞している研究者たちの学生時代は大学院に進学すること自体が珍しい選択肢であったという事情も差し引いて考えなければなりませんが、今後「科学技術立国」として日本の学術研究を盛り上げたいのなら、若い世代に限らず優秀な研究者を育て、活躍する場を増やすための様々な対策が急務です。

 最後になりましたが、日本人のノーベル賞受賞が毎年一過的なニュースにならないことを祈りつつ、本庶佑特別教授のノーベル賞受賞を心よりお祝い申し上げます。

戻る

inserted by FC2 system