ノーベル賞授与式に考える

 12月10日(日本時間12月11日)、スウェーデンのストックホルムで(平和賞はノルウェーのオスロで)ノーベル賞の授与式が行われました。今年、ノーベル平和賞は南米アマゾンの先住民族保護の努力に対して贈られました。ノーベル物理学賞は系外惑星発見に関する研究に対して贈られました。ノーベル生理・医学賞は酸素が少ない環境に生物がどう適用するかに関する研究に対し贈られます。そしてノーベル化学賞はリチウムイオン電池開発の業績から旭化成名誉フェローの吉野彰博士、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のスタンリー・ウィッティンガム教授、テキサス大学オースティン校のチャールズ・グッドイナフ教授ら3人に対して贈られることになりました。またグッドイナフ教授は史上最高齢(97歳)での受賞となりました。

 電池(ここでは化学電池)は、内部の化学反応によって正極(+極)と負極(-極)に電位差を発生させ、起電力(電圧)を得るものです。リチウムは最も第一イオン化エネルギーの小さい(電子を放出しやすい)元素であり、電池に用いると高い起電力を取り出すことが期待されます。しかしリチウム単体(金属リチウム)は反応性が高く、非常に不安定です。

ウィッティンガム教授らが考案したリチウムイオン電池(ノーベル財団のプレスリリースより引用)

 

1976年にウィッティンガム教授は層状の二硫化チタンを正極、リチウム金属を負極とした初めてのリチウム電池を考案しました。この電池は二硫化チタンの間にリチウムイオンを収納(インターカレーション)し、反応の際に出入りさせることでリチウムの反応を制御するものです。しかし二硫化チタンは比重が重く、当時二次電池の電解液として一般的だった水に不安定でした。1979年、グッドイナフ教授が正極材料としてコバルト酸リチウムを用いた電池を開発しました。コバルト酸リチウムはとても強力かつ繰り返し酸化還元を繰り返しても安定な化合物で、これにより大きな起電力を得ることに成功しました。以降現在までリチウムを用いた二次電池の正極材料として使用されています。研究の中で電解液の溶媒も水より軽く酸化還元に強い有機溶媒に変えられるなどの改良もなされたものの、金属リチウム電極が反応にかかわるこれらの電池は使用を繰り返すと金属リチウムが溶解と結晶化を繰り返し、いずれ電極間でショートして爆発する危険性のあるものでした。

吉野博士は電極として当時まだ導電性材料として注目され始めたばかりのポリアセチレンに着目し、ポリアセチレンの層にリチウムイオンを収納しつつ電子を放出させることを考えました。これによりリチウムが直接反応することなく電位差を生み出すことが可能となり、リチウム「イオン」電池を生み出されることとなりました。

吉野博士らが考案したリチウムイオン電池(ノーベル財団のプレスリリースより引用)

 

ポリアセチレン電極は後により容量を増やしやすく安定性の高い炭素繊維に改良され、1985年に吉野博士らはリチウムイオン二次電池の原型を初めて考案しました。リチウムイオン電池は1991年に発売されてからコンピュータや携帯電話などの電子機器の小型化に大きく寄与し、情報化社会の進展に大きく貢献しました。ここまでの記述は私の理解です。間違い等あれば掲示板やお問い合わせフォームなどでご連絡ください。また詳細について専門書や他のウェブサイトなどをご参照くださるとさらに興味深い世界が広がるかと思います。

これらの研究は3名の研究者それぞれが大きな業績を残しているだけでなく、この3名以外にも多くの研究者の研究があり、やがて社会の在り方すら変える偉大な研究として結実しました。多くの研究はさらに多くの先行研究の先にあるものです。

過去にノーベル賞の受賞した多くの研究者と同じく、吉野博士も基礎研究の重要性を訴えました。今年ノーベル賞を受賞した研究でも、順調な研究は少なく、成功の裏には多くの失敗がありました。吉野博士が着目したポリアセチレンも、白川秀樹岐阜大学教授らが初めて膜状ポリアセチレンの合成法を報告してから、導電性高分子としての価値を見出されるまで10年近くもの年月を要しています。そこから2000年に白川教授がノーベル化学賞を受賞するまでさらに長い年月を要しているのです。研究の目的にもよりますが、研究はその価値をすぐ認められるとは限りません。様々な場所で、そこでしか、その人にしかできない研究が常にあります。研究者が自分の研究の面白さとビジョンを生き生きと語り、実現できる社会を目指さなければなりません。

また吉野博士は2005年に博士の学位(論文博士)を取得していますが、海外でも研究者として認められるには基本的に博士号が必要です。しかし、日本の博士号取得者は13年連続で減少しています。日本の博士課程の学生は、多くの場合大学と同じように授業料を払わなければならず、経済的に困窮しやすくなっています。それでも研究をして博士号を取得しても大学や研究機関において常勤のポストは得にくく、博士研究員の給与も諸外国に比べれば低くなっています。またこの十数年でかなり改善されているとはいえ、民間企業も博士の採用に積極的な企業はまだまだ多いというわけではなく、就職しても多くの日本企業において博士取得は給与面でのメリットが大きくないのです。

また将来の日本を担う子供たちの環境も悪化の一途をたどっています。厚生労働省の調査では日本の子供の6人に1人は貧困状態にあることが明らかになっています。日本国憲法第26条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する」と規定されています。能力ある子供たちの夢や将来が貧困によって奪われることは日本や世界にとって大きな損失になります。中国やインド、シンガポールなどの新興国の台頭、ネイチャー誌やサイエンス誌に調査の杜撰さを指摘されている元弘前大学教授らによる史上最大級の研究不正など、近年の日本の科学研究が抱えている問題は数多いのですが、今後日本が「科学技術立国」としてあり続けるには、優秀な研究者を育て、活躍する場を増やすための様々な対策が急務です。私は日本の科学技術の未来をまだあきらめたくはありません。たとえ一人一人のできることは小さいとしても、できることをしていきましょう。普段から科学技術に対する関心を持ち続け、気になる事柄があるなら調べる習慣をつけるとまた違ったものの見方ができるようになります。そしてその積み重ねが研究を公平公正に評価できる社会を作っていくのです。

 最後に、日本人のノーベル賞受賞が毎年一過的なニュースにならないことを祈りつつ、吉野彰博士のノーベル賞受賞を心よりお祝い申し上げます。

戻る

inserted by FC2 system